YS-11

用途
旅客機、中型輸送機
外寸法
全幅32.00m、全長26.30m、全高8.98m
座席数
62席(最大)
初飛行
昭和37年8月30日
退役
平成18年9月30日(自衛隊等では現役)
製作会社
日本航空機製造(株)
製造期間
昭和39年~昭和49年
生産機数
182機(試作機2機を含む)

第二次世界大戦後に初めて日本のメーカーとして設立された日本航空機製造が開発した旅客機。日本航空機製造が設計開発、生産管理、品質管理、販売、プロダクトサポートを行い、生産は機体メーカー各社が分担、最終組立は三菱重工業が行った。
三菱重工業小牧工場(現在の小牧南工場)において、試験機1号機がロールアウトし、昭和37年8月30日名古屋空港から初飛行し、成功を収めた。昭和49年、182機(試作機2機を含む)をもって生産終了。

この機体は、昭和40年に航空自衛隊に納入され、VIPの輸送機として使用。昭和天皇も搭乗された。
平成29年5月29日に航空自衛隊美保基地から小牧基地までファイナルフライト。

MU-300

用途
多用途
外寸法
全幅13.25m、全長14.75m、全高4.20m
座席数
11席(最大)
初飛行
昭和53年8月29日
製作会社
三菱重工業(株)
生産機数
101機

三菱重工業と米国現地法人三菱アメリカ・インダストリー社が製造した双発のビジネスジェット機。
愛知県(現三菱重工業(株小牧南工場) で開発され、昭和53年8月29日名古屋空港で初飛行した。「MU」は「三菱ユーティリティ」の略。
ビーチ・エアクラフト社がMU-300「ダイヤモンド」の販売権(後に製造権も)を買収。ビーチジェット400という名称で、ビーチクラフト自身のモデルとして製造・販売された。
平成6年にホーカー400と名称を変更。全体で700機以上生産された。

EH101

用途
多用途
外寸法
全幅4.6m、全長22.83m、全高6.66m
定員
33席
初飛行
昭和62年10月9日
製作会社
アグスタ社(伊)とウエストランド社(英)の共同開発

伊アグスタ社と英ウェストランド社が共同開発した大型ヘリコプター。
展示機体は警視庁で使用され、機動性を生かしたパトロールや遭難者の捜索、救助活動に活用し、 三宅島噴火の慰問の際は、今上陛下がご搭乗された。
警視庁と名古屋空港の間で平成30年2月、災害時に連携する覚書を締結した。

MH2000

用途
民間用ヘリコプター
外寸法
全幅12.2m、全長14. 0m、全高3.8m
座席数
10席(最大)
初飛行
平成8年7月29日
製作会社
三菱重工業(株)
生産機数
7機(試験機2機含む)

三菱重工業が製造した、日本で初めて国産技術のみで製作された民間用双発ヘリコプター。
愛知県(現三菱重工業閻小牧南工場)で開発され、平成8年7月29日名古屋空港で初飛行した。「MH」は「三菱ヘリコプター」の略。
展示機体は宇宙航空研究開発機構(JAXA)の実験用ヘリコプターとして使用され、様々な分野の飛行実験に対応可能な機材を搭載して、2000年から2013年まで活躍した。

MU-2

用途
多用途
外寸法
全幅11.95m、全長12.025m、全高4.17m
定員
14席(最大)
初飛行
昭和38年9月14日
製作会社
三菱重工業(株)
生産機数
764機(試験機を含む)

三菱重工業が製造した多目的小型ビジネス飛行機で、双発のプロペラ機。愛知県において製造された機体。
愛知県(現三菱重工業(株小牧南工場)で開発され、昭和38年9月14日名古屋空港で初飛行した。
「MU」は「三菱ユーティリティ」の略。

名市工フライヤー

外寸法
全幅9.50m、全長5.85m、全高2.90m
自重
174.0kg
初飛行
平成29年1月28日
製作者
名古屋市立工業高等学校
座席数
1席

名古屋市中川区の市立工業高校飛行機同好会の生徒らが、「日本の飛行機の父」と呼ばれる二宮忠八の「玉虫型飛行器」を基に製作した飛行機。
三重県津市の香良洲飛行場で、平成29年1月28日、高校生として初めて飛行に成功した。数秒間機体を浮かせ、約70mの距離をジャンプ飛行した。

零戦

用途
艦上戦闘機
外寸法
全幅11.00m、全長9.121m、全高3.509m (五二型甲)
初飛行
昭和14年4月1日
退役
昭和20年8月
製作会社
旧三菱重工業、中島飛行機
生産機数
約10,000機
提供
三菱重工業

零戦(実物大模型)

実寸大
全幅11.0m、全長9.121m、全高3.57m
座席数
1席
製作会社
(有)馬場ボディー

佐賀県所在(有)馬場ボディー代表馬場憲治氏が詳細な図面を基に ジュラルミンで作られた極めて精巧な模型。
映画「永遠の0(2013年公開)」の撮影にも使用された。